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無人で鳥害を防止!AIが学習し、鳥をドローンに慣れさせないシステム開発にせまる

2022.03.22

長野県及び信州ITバレー推進協議会(NIT)では、県内IT企業のビジネス創出を促すため、令和3年度に「コンソーシアム活用型ITビジネス創出支援事業」により、地域課題解決等に繋がる新たなITシステム開発を支援する取り組みを行っております。

今回、マリモ電子工業が開発を進めている「AIを使った鳥害防止システム」の検証実験と関係者のインタビューをお届けします。


【目次】

  1. インタビュー①「マリモ電子工業×ラ・ヴィーニュ×上田市」
    1. AIを使った鳥害防止システムプロジェクト
    2. 鳥害の被害と従来の対策方法
    3. 鳥害防止システムと鳥の知恵比べ
    4. 獣害への応用、農地以外の活用
    5. 産学官連携で進化するAI
  2. 検証実験のレポート
  3. インタビュー②「マリモ電子工業×信州大学×岐阜大学」
    1. エッジデバイスを使い、鳥の動きを研究
    2. 鳥に慣れさせない刺激の最適化=まだ世にない研究成果へ
    3. 実用化に向けた今後の課題と展望

インタビュイー
マリモ電子工業:土屋取締役、尾関さん
農地所有適格法人ラ・ヴィーニュ:小林代表取締役
上田市:大林さん
信州大学:小林先生、青柳先生
岐阜大学:寺田先生

AIを使った鳥害防止システムプロジェクト

▲左から 小林さん、土屋さん、大林さん

ーーさっそくですが、検証実験をされている「鳥害防止システム」について教えてください。

土屋さん:鳥害のある畑等に監視カメラを設置します。監視カメラで取得した画像から害鳥の侵入を自動で検出し、ドローンの自律飛行で鳥を追い払い作物を鳥害から守るシステムです。農場ですと、電源を確保するのが難しい場合もあるため、ソーラーシステムを使って機器を動かしています。

ーープロジェクトはいつから始動されたのですか?

土屋さん:鳥を追い払う研究・実験は2017年頃からスタートしていました。プロジェクトは、今までの蓄積していたデータを元に、今年の5月頃からシャトー・メルシャン椀子(まりこ)ワイナリーのワインとなるブドウを栽培するラ・ヴィーニュさんのご協力で、椀子ヴィンヤード(ブドウ畑)の一区画をお借りして進めています。

▲「シャトー・メルシャン椀子ワイナリー」周囲に広がる椀子ヴィンヤードの畑の広さは30hほど

小林さん:マリモ電子工業さんには、収穫期の9月前半から食害の実験を行って頂いています。ブドウの一粒一粒をカウントして、食害を調べて……暑い中、汗だくになりながら検証されていました。

土屋さん:そうそう(笑)。鳥はとても器用に食べるんですよ。ブドウの房が綺麗に房の枝だけ残るんです。
検証時、ドローンを飛ばす期間、飛ばさない期間を調べました。写真の枚数で1800枚以上をランク分けし、食害の有無を調べました。ドローンを使うと明らかに食害は減っていることが分かりました。

ーー半年近く、一緒にプロジェクトをされているのですね。以前からお付き合いがあったのでしょうか?

小林さん:上田市と連携包括協定を結び、ワイン文化の醸成を行っていたところ、「AI技術を活用した鳥追い払いシステムを開発している企業が、実験圃場を探している」として、マリモ電子工業さんとお繋ぎいただきました。

大林さん:上田市では「スマートシティ化推進計画」を進めており、様々な企業・団体と連携し、最先端技術を活用しながら地域の暮らしや産業を活性化する取り組みを行っています。

鳥害の被害と従来の対策方法

ーー実際、被害はどれほどのものなのでしょう?

小林さん:畑の広さは30hほどあるのですが、周囲に林が近く、鳥が侵入しやすい環境です。食害されてしまうブドウの量は、数百kg近いかもしれません。
ワインでいうと数百本分ほどになりますので、金額も大きいと思います。

ーーそれは、酷い被害状況ですね。従来、どのような方法で鳥害対策をされているのですか?

小林さん:防鳥ネットをブドウの木々に被せる対策を行っています。一度防鳥ネットを張ってしまえば、管理の手間はかかりませんが、やはり人の手で一つ一つ被せる必要があり、時間がかかります。また、防鳥ネットはプラスチックでできているため、ゴミの問題もあります。椀子ワイナリー、椀子ヴィンヤードともに、「地域と自然と未来との共生」をテーマに掲げているので、環境にも配慮していきたいですね。

土屋さん:畑に訪れる鳥を調べていると、防鳥ネットがかかっていない地面近くからブドウを狙い侵入していることが分かりました。鳥は非常に賢く、なかなか人の手だけでは、対策しきれない事もあると感じます。

鳥害防止システムと鳥との知恵比べ

ーー鳥の賢さに触れてますが、鳥害防止システムで工夫している点はありますか?

小林さん:畑によく設置されている爆音機や鷹の形のカイトなどを使っても、1シーズンと持たないことが多いです。それほど、鳥は学習能力に優れています。

土屋さん:ドローンを使用してもいつかは、鳥が慣れてしまうかもしれません。そこで、ドローンの飛行パターンを変えたり、ドローンから光や音を発するなどの工夫が必要です。今まで収集してきたデータの実績や学術的なデータもありますし、このプロジェクトでは、大学側と共同でドローンを鳥に慣れさせないためのアルゴリズムを研究しています。

ーーシステムが鳥を感知する範囲はどの程度でしょうか?

土屋さん:カメラの感知能力は、解像度でいうと鳥の大きさが30px*30pxほどあれば識別できます。距離だと20m弱ほどです。鳥は、林からブドウの木の下の空いているスペースを目掛けて飛来します。ルートが分かれば、カメラを少ない台数で効果的に設置することが可能です。

獣害への応用、農地以外の活用

ーーここまで鳥害をメインに伺ってきましたが、鳥以外にも活用できるのでしょうか?

小林さん:このブドウ畑では、鳥以外にも鹿、たぬき、ハクビシン等を見かけます。鹿は春先にブドウの新芽を好んで食害します。また、たぬきやハクビシンは収穫期にブドウの実を食べますので、年間を通じた鳥獣害への対策が出来れば、ブドウ畑を守る非常に良いシステムになると思います。

土屋さん:鹿の食害もAIの学習データから防ぐことができます。動物相手なので、複数年にわたってデータの収集を行いたいと思います。また、夜間の盗難被害に対しても柔軟に対応していきたいですね。
農地以外ですと、以前、農業者向けのエキスポに出展した際に、農業関係者さんだけではなく、行政の方々からもお声がけいただくことが多くありました。
サービスエリアの鳥の糞害であったり、畜産業では、仔牛がカラスに突かれてしまう被害もあるそうで……。様々な場所で鳥獣害の対策が必要だと感じています。

検証実験での課題と成果レポート

検証実験を行っているシャトー・メルシャン椀子ワイナリーの一区画を見学させていただきます。ソーラーパネルと繋がっている、監視カメラやデータを送信する機器は、想像していたよりもコンパクトなのが印象的でした。

▲検証実験場所には、カメラとソーラーパネル、ドローンのステーションが設置されている

一連の流れとしては、
①監視カメラが鳥の姿を捉えると、システムが判断しドローンが起動

▲カメラが捉えた映像を解析、ドローンへ指示が出る

②プログラムされた軌道や動きをドローンが実行し、自律飛行で鳥を追い払う

③一連の飛行後、ドローンは格納先に戻る

収集したデータは、②の追い払い時に活用します。
鳥がドローン慣れしないように、AIへ学習させる必要があるためです。

▲ドローンカメラで撮影した鳥を追い払う様子

天候に左右されるか伺ったところ、よほどの悪天候でなければドローンの飛行自体に問題はないそうです。鳥や動物たちも悪天候の時は活動も弱くなりますし、その点は気にせずに済みそうでした。
広々としたブドウ園に映えるドローン。ずっと眺めていられる光景です。
実際に、近所の方が「何しているの?」と、見学にくることもしばしばあるそうです。

▲マリモ電子工業の土屋取締役と尾関さん。日々、検証実験を行っている

エッジデバイスを使い、鳥の動きを研究

ーー研究の背景について教えてください。

小林先生:鳥害は果樹に多く、従来使用している追い払い機に鳥がすぐに慣れてしまうため、農家さんから「ドローンを使って追い払いは出来ないか?」相談がありました。
たとえば、鳥が悪さをしていないときに音を鳴らすと、鳥は自分とは無関係な音だと認識してしまうので、悪さをしている鳥だけに超指向性スピーカーやレーザー光線を当て、追い払いをする研究を以前から行っていました。
同じように、AIで鳥の動きを検出し、ドローンを鳥に向けて飛ばすことが可能です。

ーーAIに鳥の認識や行動を学習させるためには、どれくらいの時間がかかるものでしょうか?

小林先生:鳥自体を検出させるだけであれば、学習にはそれほど時間はかかりません。まだ、鳥の群れの行動には対応していないので、そのデータを収集し、アルゴリズムを検討しています。今までの収集データもあるのでそれを利用しつつ、今後もデータを蓄積することで、群れでの行動にも対応していくことができるでしょう。鳥も生き物なので、行動すればするほど疲労します。逆に機器に疲労はありませんから、鳥のエネルギーを切れさせることで、果樹を守ることができます。

▲鳥がブドウ畑へ飛来する様子

鳥に慣れさせない刺激の最適化=まだ世にない研究成果へ

ーー寺田先生が行っている研究はどんなことなのでしょうか?

寺田先生:岐阜大学では、鳥に慣れさせないためのアルゴリズム開発を行っています。今年は、刺激の最適化に注力しています。
刺激とは、音響、光の色や点滅速度、ドローンの運動(方向転換や速度の緩急)のことなのですが、それらをどのように組み合わせると、鳥を追い払うために効果的かを調べています。

ーー今年の実験で、鳥を追い払う・慣れさせない効果はありましたか?

寺田先生:収穫期にドローンの飛行を行っていましたが、ドローン飛行中はブドウの減りが少なかったので、ドローンの飛行が鳥追い払いに効果があることはわかったのですが、ドローンの飛行期間が短かかったので、慣れの発生の有無まではわかりませんでした。世界でみても、刺激への慣れについて研究しているところがないために、慣れを考慮したドローンの追い払いについて研究している我々の取り組みは新規性が高いと思います。

ーー世界的な研究に繋がるとは、すごいプロジェクトですね!

寺田先生:鳥が刺激を恐れるということは、自分に対する潜在的な危害を予測しているということなのですが、刺激があっても自分に対して危害が及ばないことがわかってしまうと、追い払い効果はなくなってしまいます。
今後は、研究規模を広げて、収穫期を問わず、長期的なデータを収集していく中で、「鳥は、いつ・どんな刺激で慣れるのか?」を知りたいです。慣れは、期間的なものかもしれませんし、世代かもしれません……。タイムスパンがまだまだ未知数なため、科学的に慣れの発生には興味があります。慣れの特性を考慮して、モデル化し、より良い刺激の最適化を行っていきたいです。

▲多くの鳥が、ブドウ畑近くの林で様子を伺っている。ドローンの追払いが効果的であることがわかる

実用化に向けた今後の課題と展望

ーー先日、検証実験の様子も見学させていただき、実用化も近い印象でした。今後の課題はありますか?

小林先生:農園全体の監視を行い、生育状態を自動で記録する機能をドローンに搭載したいと考えています。ドローンで自動的な監視ができれば、カメラを特定箇所に固定する必要もなくなります。また、鳥害対策だけでなく、果樹の病気の発生源を特定できる可能性もあります。まずは、帰還した後に自動で充電できるようにしたいですね。

尾関さん:そうですね。ドローンが離着陸するステーションはこれからも改良していきます。季節によっては雨風だけでなく、ほこりの問題もありますので。

小林先生:カメラで捉えたデータを送信するために、通信事業社の回線を使用すると、台数が多くなったときに運用コストが非常に高くなってしまいます。
LoRa(プライベートLoRa)を使用することで、コストを抑えて数キロという長距離通信を行うことができますので、この方法を活用していきたいですね。

寺田先生:鳥の他にも、より知能が高い、猿や鹿、猪の獣害にも横展開していきたいと考えています。今期の実験では、学術的な知見も得られました。定量的な評価をしていくことで、自動化していきたいです。

ーーステーション自体もシステムで制御されており、無人基地といった感じで近未来的でした!広大な畑ですと、運用するコスト面が抑えられると農家さんも嬉しいですね。

小林先生:高級な果物は、鳥獣害だけでなく人間による盗難の被害もあります。ドローンで監視を行えば、防犯につながります。

青柳先生:管理の手間を減らすことで、農家さんの人件費も抑えることができますし、ドローンを使えば、農薬散布や種まきを行うこともできます。年間を通して、マルチな対応ができるようにしていきたいと考えています。

土屋さん:作物によって、収穫期の鳥害のタイミングも変わってきますし、近未来的な農場は、観光資源にもなり得ます。今後、レンタルやサブスク型でサービスを展開できるようにしていきたいですね。

※このプロジェクトでは、総務省の戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)の基礎研究成果(2017~2019年度実施)を元にして開発が行われました。